QLOOKアクセス解析

皆さんご存知のように、南阿蘇は今回の本震で大きな被害が発生いたしました。
ダイアリーのあるメルヘン村も同様で、壊滅状態です。

今は昼はダイアリーで、余震を気にしながら、必要な品物だけ急いで搬出しています。
夜は南阿蘇中学校体育館の避難場所にいます。

また多くの皆様方からご心配のメールを頂いていますが、ご返事が出来ない状態です。
今後落ち着きましたら、改めてお礼のご報告を差し上げたいと思います。

とりあえずご報告のみ。

尚、電話・FAXは不通です。
携帯は電波の状態が不安定です。(090-7444-0515)
インターネットは、ネットが可能な場所をお借りして、接続しています。

追伸、
ダイアリーママは、倒れて来た家具で、顔面を強打して一時は顔面が腫れていたが、今は元の顔に戻りつつあります。
オーナーも、同じように頭と腰を強打、今は腰から足の付根がシビレて、自由に動けない状態です。
娘達と犬の「シュウ」は無傷です。

4月19日記。


更新。各日付の箇所へ移動します。

4月20日
4月21日
4月23日
4月24日
4月26日
4月27日
4月28日
4月29日


更新 平成28年4月20日21時

避難先の無料のWiFiが使用できるようになったので、急遽写真をアップします。


メルヘン村全体。村の前の県道が埋もれている。
写真のアスファルトの道は、県道の下を通っている村道。


メルヘン村入口


県道をメルヘン村を通りすぎて、振り返った。


メルヘン村内の崩落して無くなった道。
左のペンションは下の土が無くなっている。


ダイアリーの建物は、見た目はいつもと変わらないが、いたるところにヒビ・切れ目があり、建物は傾いている。
地面には無数の割れ目もある。


煙突は倒壊、離れも全壊した。


水道のタンクは、その場で横転した。


散乱しているダイアリー周り。


ダイアリーの駐車場の電柱は、3つに折れて倒壊。
水道の高架タンクは、ひしゃげて無くなった。


救助のヘリコプターに三人が運ばれた。

ペンションの中の状態は、またアップします。
疲れてきたので、今日はとりあえずここまで。

避難先の南阿蘇中学校体育館より。
只今の時間は、4月20日21時18分。

更新 平成28年4月21日

今日は一日雨だったので、体育館で過ごしました。


本箱などが散乱したプレイルーム
自慢の図書コーナーが無残なことに。


地震発生に備えて、私だけプレイルームに寝ていた。
でも発生時とその後のことは、よく覚えていない。


避難先の南阿蘇中学校の体育館。
右奥のグランドにも、自衛隊の車が並んでいる。


全国から救急も駆けつけていた。


体育館内部。
賑やかだが、ここにいると救援物資が集まるので、食べ物・飲み物・毛布類には事欠かない。


住民の情報交換になっているロビー。


新聞が届きだした。
情報が少ないので助かる。


あの名物の自衛隊のお風呂。
災害のテレビでよく見たが、まさか自分がこの風呂にはいるとは・・・。
しかしタップリなお湯と、水量豊富なシャワーはやっぱり気持ちよかった。


本日はこれまで。

更新 平成28年4月23日午前2時

被災して一週間がたった。
あっという間の一週間。
ココ避難場所での生活も慣れてきた。
ココでの暮らし、最初はどうなることか心配だったが、なんだか慣れてきてしまった。
周りの知らない人たちとお友達になったり、また色々なことでお互いが協力しあったり、
困った人がいたら声をかけたりと、自然と身体が反応するようになって来た。
ココ南阿蘇中学校体育館の避難者は体育館内350人。
車中泊150人。合計約500人います。
今深夜で消灯中で、非常灯の薄明かりでこの記事をアップしているが、
アチコチから聞こえてくる「イビキ」が、ツチガエルの鳴き声に聞こえて、
まるで田んぼの中にいるようだ。



さて今使用している災害時の無料Wihiがこちらです。
しかし回線がよく切れるので、頻繁に設定・接続しなければいけない。
でもこれがあるので、ページもスムーズに更新出来大変助かる。




国土地理院のHPに掲載されている、地震後の上空からのメルヘン村の写真。
メルヘン村周囲の崩落や県道の状態がよくわかる。

直接ネットで見られる方は、
「国土地理院」

「平成28年熊本地震に関する情報」

「地理院地図(空中写真当)による情報提供」

「南阿蘇村長野地区の土砂流出箇所付近」


では今日はこれで失礼します。

新 平成28年4月24日午前3時


外観は傷んでいないように見えるが。


プレイルーム内
オーナー自慢のオーディオセットも無残な姿に。


厨房内。
ダイアリーママが作る人気の湯種パンを、いつも焼いているオーブンの姿が見ない。


地震翌日、まだ余震が続く中、
このオーナーズルームから、先祖の位牌と「ニッキー」の遺骨を見つけ出した!


あの重量があるボイラーも大きくずれていた。


地面にはいたるところに亀裂が。
しかもその亀裂が、日々広がっているような気がする。


では今日はこれで失礼します。

追伸、地震後に多くの皆様からメールを頂いて感謝申し上げます。
頂いたメール全てに目を通していますが、なかなかご返事を書けない状態です。
後日落ち着きましたら、改めてご連絡を差し上げます。

もしお急ぎの場合は「090-7444-0515」へショートメールをいただければ幸いです。


更新 平成28年4月26日午前1時

「まさか起きるわけない・・・」
そのまさかが自分たちに起きてしまった。
いままで他人事だった事が。

しかし起きてしまってはもう仕方ないと、開き直るしかない。
だって大自然の前には、人間の力なんて非力なものだから。

あの阿蘇大橋が無くなっている。
夢ではない。
「阿蘇大橋から・・・」「阿蘇大橋を渡って・・・」と、
いつも会話の中心となって、愛着があったあの阿蘇大橋が無くなった。
山とともに崩落した写真を見ると、涙が出てくる。



今いる避難場所は「ノロウイルス」で有名になった、南阿蘇村中学校の体育館です。
この日はスタッフ総出で体育館の除菌・大掃除・配置換えが行われました。


床にはブールーシートがひかれ、土足禁止になって綺麗になった。


皆さん興味あると思う避難場所の食事を紹介します。(写真はあくまで一例)
朝食、おにぎり・お汁・キュウリの漬物。
朝食はかんたんに。


昼食、讃岐うどん。まさか避難先で名物のウドンが食べられるとは。


夕食、豚のハラミステーキ丼・自衛隊が握ったおにぎり・ポテトサラダ・お汁。
この豚のハラミステーキ丼が結構旨かった。今までの中で一番旨かった。

写真を見ると量が少ないようだが、もともと少食の腹八分の自分にとっては、お腹いっぱい。

お腹が空けば支援物資の「パン」や「お菓子」「飲み物」が沢山あり、不謹慎だが避難が終わった頃は、太っているかも。

毎日三度の食事を作ってくださる、スタッフやボランティアの皆さんに、感謝申し上げます。


ある日の昼食風景。(まだブルーシートがひかれる前)
長女は、避難場所から保育園に出勤を再開。
次女は、会社が準備してくれたリゾートホテルへ、移っていった。
会社から家族も一緒にと勧められたが、ここにいると色々大事な情報が入ってくるので、暫らくはここに滞在します。
ダイアリーママは、顔面の傷のカサブタや腫れも取れ、やっと見られるようになった。

では今日はこれで失礼します。


更新 平成28年4月27日午前2時

今日少し時間がとれたので、近くを車で回ってみました。
でもそこにはいつもと違った、想像以上の世界が広がっていた。




ペンションのすぐ裏の「乙ヶ瀬集落」の棚田が大規模に崩壊していた。


この棚田は、毎年田植えの後の夕焼けが感動的で、よく撮影に行っていた。
しかしもうこの景色が見られなくなった。
寂しいと言うより、悲しい。


久木野の「免の石」
落ちそうで落ちないこの岩は、合格祈願として受験生に人気があった。


が、この石も地震のため落下してしまった。


あの落下した「阿蘇大橋」の近くにある高圧送電線の塔。
地震の影響で使用不能になったので、建て替えが急ピッチで行われていた。
左の建物は「アソシエイト」


そのため南阿蘇は高圧送電線が使用できないため、全域が停電していた。
現在は全国から駆けつけた、高圧発電機を搭載した車が集まって、多くの場所から24時間送電している。
電気って本当に有りがたいものだ。
このHPを更新して皆様に近況を提供できるのも、
避難所に電気が通っているから出来るのだから。


JR豊肥線の赤水駅の近くで、電車が脱線していた。
よく見るとレールが外側へ曲がっていた。


健磐竜命が、身重な妃の姿を隠すために、一夜でつくったという伝説が残る「夜峰山」
一時は山が崩れると噂が流れて、住民たちがパニックになったが、
今のところ大規模な崩落は免れている。
しかし山肌には、まだ斜めに亀裂が入っているのが見られる。
山肌のこげ茶色の箇所は、今回の地震で崩落した跡。

今日はこれで失礼。


更新 平成28年4月28日午後9時


応急危険度判定で「赤紙」の危険が貼られました。
ダイアリーだけではなく、メルヘン村内のすべての建物に貼られています。
周辺の崖が崩壊する恐れがあるためですね。
この紙には「この建物に立ち入ることは危険です」と書かれています。
いよいよ慣れ親しんだこの家にも、入ることは難しくなった。
寂しさが募るばかりです。


メルヘン村の土地に、写真の杭がいたるところに打ってあります。
地面の割れ目が大きくなっていないか、調べるのですね。
応急危険度判定では、どうもこの丘全体がヤバイらしい。


その割れ目から雨が浸透しないように、ブルーシートが敷かれています。


誰もいなくなり、不気味なほどの静寂に包まれるメルヘン村に、
無常にも白い霧が静かに覆い始めた。
もう以前の生活には戻れない。
いったいこれからどうなるのか。


★ダイアリーママがインフルエンザに罹りました。
昨日から喉が痛いと言って、避難所の救急に診察してもらった。
体育館での集団生活が出来ないので、隣の体育館に隔離された。
家族全員です。
地震後、次から次といろんな事があったので、かなり無理をしていたようだ。
今後熱が引いて2日ほど隔離されるので、暫らくは外に出られない。

今回の更新は、隔離された場所でWi-Fiが使えないので、iPhoneでディザリングを使って更新しています。
初ディザリングですが、意外と簡単に出来た。


更新 平成28年4月29日午後9時

今、隔離先から更新しています。

ダイアリーママは、夕方の検診では体温は36度5分まで下がっていて、
食欲もありもう大丈夫みたいです。
でも後、二三日は隔離された状態が、続くみたいです。
しかし外出もままならない、ここでの生活は大変苦痛です。
私たちは熱も痛みもない、食欲も普通だし、よく眠れるし。
外出して色々予定があったが、今はただ時間が過ぎ去るのを待つだけです。



次女の勤め先から、我が家に救援物資が届きました。
避難所に置いておくスペースはないので、知り合いのペンションに置かさせてもらいました。
しかし大量の差し入れ、避難所を出た後に役立ちそうです。


差し入れのなかには、こんな物もありました。

一時避難先にホテルを提供していただいたり、差し入れを頂いたり。
本当に有難うございます。
ところで次女の勤務先は?
上の写真にヒントがあります。



全国から励ましのお便りが届くようになりました。

写真は宮城県石巻から頂きました。
かわいい貼り絵も同封してありました。
同じ体験をされて、今も仮設にお住まいとのこと。
ご自分たちも大変なのに、熊本のことを気遣って頂き頭が下がる思いです。
有難うございました。


大分県日田市の中学生からも頂きました。
各避難者へ一通ずつ配られました。
一通はサッカー部の男の子、もう一通は女の子でボランティアにも参加したいとのこと。
具体的なお名前は掲載できませんが、本当に有難うございました。大変嬉しいです。


では今日はこれで失礼します。




最終更新日2016年4月29日
ペンション ダイアリー  〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽4673 (メルヘン村内) 
TEL 0967:67:1514 FAX 0967:67:1548
Eメール aso@p-diary.com